全ての企てを神に帰する
あなたは神の作品なのだから、創造の掟そのものによって神の主権の下に引き渡され、また譲渡され、あなたの命は神に負っており、およそ企てること、およそ行うことは皆神に帰さなければならないことを考え合わせないならば、どうしてあなたの精神の内に神認識が入り得るであろうか。それならば、神に対する従順に合致させられていない限り、あなたの生が悲惨にも腐敗していることは確実である。
カルヴァン「キリスト教綱要」1-2-2
今まで手にしてきたものは自分の努力の結果だと思っていたが、そうではなかった。全ては神の恵みであった。これから先のことは神に祈り、道を示してもらいつつ歩んでいこう。
「我キリストと共に十字架につけられたり。もはや我生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり。今われ肉体に在りて生くるは、我を愛して我がために己が身を捨て給ひし神の子を信ずるに由りて生くるなり」。わたしはわたしのものではなく、わたしは主のもの。
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